知的労働はいずれコモディティ化する、という違和感
大手不動産会社で街づくりや住宅開発の現場に関わった後、米国のビジネススクールで経営学を学び、マネジメントコンサルタントとして大企業の経営戦略、定量分析、事業計画の策定・実行に携わった。いわゆる知的労働の型は、そこで徹底的に学んだ。
ただ、同時に違和感もあった。コンサルティングや投資銀行のような仕事の多くは、いずれコモディティ化するのではないか。当時はもちろん、今のようなAIは存在していない。それでも、情報や分析手法、経営知識を持つ側と持たない側の差に依存する仕事は、どこかで価値が薄まっていくのではないかという感覚があった。
もちろん、その差を埋めることには意味があった。知られていない事例を持ち込み、複雑な状況を整理し、経営課題を言語化することは、企業の意思決定を助けてきた。しかし、それが永続的な優位性になるとは思えなかった。
そのため当時の私は、経営学やコンサルティングの方法論がまだ十分に入り込んでいない、アパレル、D2C、小売、EC、ブランディングのような領域に面白さを感じた。そこには、理屈だけでは動かない現場がある。商品企画、生産、在庫、店舗、EC、物流、顧客対応、ブランド表現。人の感性や現場の判断、泥臭いオペレーションが必ず残る。経営的な思考と現場の実務が混ざれば、新しい変化を起こせるのではないかと考えた。
大企業を動かしているのは、事業ではなく組織の力学
その後、事業会社で経営企画、新規事業、D2C、アパレル企画、ブランディング、小売・ECの現場に関わってきた。ただ、20年強を振り返ると、当時期待していたほどの大きな変化は起こせなかった。EC化は進み、D2Cも広がった。それでも、多くの変化は想定の範囲内だった。
理由の一つは、大企業の中では、事業そのものよりも組織の力学が強く働くからだ。
ただし、これは単純に否定すべきものではない。日本の会社組織においては、部署間の利害を読み、反対意見を先回りし、根回しを重ね、少しずつ合意を作りながら組織を動かしていく力が必要だった。正面から突破するのではなく、にじり寄るように組織を動かす。それ自体が、日本企業の中で成果を出すための特殊な技術だった。日本の「会社」というのはそういう生き物なのである。
しかし、その技術に過度に依存してきたことが、日本企業の変革を遅らせてきた面もある。多くの大企業では、変化に向き合う前に、まず社内をどう通すかが問われる。事業を良くするための議論が、いつの間にか社内調整の議論に置き換わっていく。その結果、CXやDXという言葉は何度も掲げられてきたにもかかわらず、実態としては既存業務の延長線上の改善にとどまることが多かった。
問題は、調整能力そのものではない。本来、調整は変革を前に進めるための手段である。しかし、調整が目的化すると、変革は小さく丸め込まれる。新しいことを始めるための議論が、既存の組織を傷つけないための議論になる。結果として、会社全体としては大きく変わらない。
大企業には、資本、人材、ブランド、取引先、顧客基盤、システム、物流網がある。これらは大きな強みであり、中小企業やスタートアップが簡単に真似できるものではない。しかし、その資産を動かすための組織の動き方が重い。資料を作り、会議を重ね、承認を取り、リスクを避け、既存の権限構造を守る。その過程で、変化の速度が落ちる。
AI時代に残る価値は、事業を動かした経験
そしてAI時代になり、20年前に感じていた違和感は、かなり現実味を帯びてきた。調査、分析、文章化、比較検討、資料作成といった知的労働の一部は、いまやAIが短時間で支援できる。知っていること、整理できること、資料にできることの価値は相対的に下がり、形式化しやすい仕事から順にAIに吸収されていく。
AI時代に、この構造はかなり厳しくなる。これまでホワイトカラーが担ってきた一定水準のアウトプットは、もはや一部の専門人材だけのものではない。
そうなると、残る価値は何か。それは、現実の事業を動かした経験である。一次情報に触れ、顧客、商品、現場、数字、失敗、責任の手触りを持っているか。そして、その経験をもとに、AIを使って業務や組織の形を変えられるかどうかである。
サンセット扱いされた経験が、再び価値を持つ
ここで、これまでサンセット扱いされがちだったベテランの経験が、まったく違う意味を持ち始める。もちろん、年齢を重ねていれば価値がある、という話ではない。過去の成功体験にしがみつくだけの人材や、調整と承認だけで組織を回してきた人材は、AI時代にはむしろ厳しくなる。
一方で、現場をくぐり、失敗し、責任を負い、顧客や商品や組織の複雑さを身体で理解してきた人の経験は、AIによって再び価値化される。
AIは、その経験を古いものとして切り捨てるのではない。構造化し、拡張し、事業変革のエンジンに変える可能性を持っている。
AI時代に重要になるのは、事業の舵を切れる力と、現場の業務や現場の人を深く理解する力である。既存の仕事の形を疑い、必要なら壊し、次の形に組み替える判断力。そして、現場の実際の動きを理解する力。この二つは、本来分断されるべきものではない。変革を率いるリーダーには、意思決定の胆力と、現場の構造を理解する力の両方が必要になる。
問われるのは、事業をEnd-to-endで語れるか
逆に言えば、中間にいる調整型のホワイトカラーは厳しくなる。資料を整え、会議を回し、部署間の利害を調整し、社内向けにもっともらしい説明を作る。これらの仕事は、これまで大企業の中で大きな顔をしてきた。しかし、AIによって情報整理や資料化の価値が下がると、その人たちが本当に何を決められるのか、何を変えられるのかが問われる。
ここで重要なのは、自社の事業をEnd-to-endで語れるかどうかだ。売上がどこで生まれ、どの業務がどの部門に影響し、どこに在庫や情報や判断が滞留しているのか。顧客接点、オペレーション、システム、データ、組織の癖を含めて、事業全体のメカニズムを説明できるかどうかである。
AIに聞けば、業務改善案も、要件定義も、フロー図も、提案書も出てくる。しかし、それが現実に使えるかどうかは別問題である。現場の制約、組織の癖、顧客の反応、システムの限界、例外処理の多さ。そうしたものを知らなければ、AIの出力はきれいだが使えない案になりやすい。
AIを使いこなすには、問い方の技術以前に、現実を分解する力が必要になる。表面的な説明で止まらず、なぜその業務が残っているのか、なぜその部署で止まるのか、なぜ顧客にとって不便なままなのかを掘り続ける。この力は、単なるロジカルシンキングではない。経験に裏打ちされた構造把握力である。
AIは知識の差を縮め、経験の差を広げる
AIは経験を不要にするのではない。むしろ、経験の差をはっきり出す。経験の浅い人でも、AIを使えばそれらしい答えは出せる。しかし、現場に着地するかどうかは別である。逆に、現場経験を持つ人がAIを使うと、判断、設計、実行、修正の速度は大きく上がる。
AIは知識の差を縮める一方で、経験の差を広げる。AIは、大企業の限界を隠せなくする。そして同時に、サンセット扱いされてきたベテランの経験を、もう一度、事業変革のエンジンに変える。
これから価値を持つのは、知っている人ではない。説明できる人でも、資料を作れる人でもない。現場を知り、「なぜ」を繰り返し、事業全体の構造を捉え、AIを使って仕事の形を変えられる人である。
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